おはようございます。和泉屋の寝坊ツートップ、安尾&イカピーの片割れでございます。
今回も私の苗字の由来をお話しします。
天皇の息子である五十日足彦さんニックネーム「嵐皇子」が新潟の地に開墾や農耕の技術を伝えに来て、原住民から慕われるようになったというお話でした。
しかし残念なことに暖かい西日本生まれの五十日足彦さんは、雪国新潟の寒さに負けてしまい早くに亡くなってしまいます。
地元の人たちは五十日足彦さんの死を悼み、農耕の中心になっている川に「いからし川」と名付け、五十日足彦を神とまつった「いからし神社」と名付け、以降の
地元民達のリーダーは「いからし」という名前を名乗ったそうです。
昔話の域をでませんが、どうやらこのリーダーさんが我々五十嵐の直接の祖先のようです。
さすがに皇族の直系ということはないかな?(笑)
五十嵐という文字は豊作をもたらす天候「五風十雨」という言葉からとっているとのこと。
私の苗字はそんな意味だったのか。φ(・ω・)メモメモメモ
異説として、この新潟の一族が蝦夷(北海道)に遠征に行ったときの功績で、アイヌ語で見晴らしの良い場所という意味の「インカルシ」という言葉をもじって「いからし」という名前をもらったという説もあるそうです。
このインカルシという言葉は北海道の遠軽町(エンガルちょう)の元でもあるそうです。この町と私達の名前の由来が同じだと思うとなんだか親近感がわきますね。
じつはまだ続きます、五十嵐の話。
ではまた次回もお付き合いください。
札幌にある藻岩山は、アイヌ語で
インカルシペ(いつも上がって見張りするところ)と紹介されています。
別名:五十嵐山??
続きを楽しみにしております 。